私が三歳くらいだった頃、 姉は夜一人でお手洗いに行くことができず まだ幼い私を常に共に連れて行った。 その頃の私は闇に対する「恐怖」という概念がなく、 姉が何を怖がっているのか理解ができていなかったが 頼られていることに満足感があり かなり喜んで姉の後についていっていた。 それから数年後のこと、幼稚園で行ったお化け屋敷でのことだ。 そこで私は、満月を見ると狼に変貌する男、 人の生き血を吸う化け物、知らない女の絹を裂くような叫び声、 足の無い青白い人や外国のお墓を見た。 薄暗い教室の中、おどろおどろしい音楽と共に 私は初めて闇に恐怖するというモノを覚えた。 散々怖がったお化け屋敷にも開放されて、私はほっとして家路につくも そこには数え切れないくらいの暗闇があった。 明るい昼間の内は良い。ヒカリ輝く蛍光灯の下、 心地よい家族の会話の中ふと窓を見ると、 真っ黒な絵の具が広がっている。 斜めに傾く階段も、家の端と端を繋いでいる廊下も、 不快な闇の中に落ちていた。 私は今まで安全だと感じていた家の中に、 たった一日で何かが住み着いてしまったように感じていた。 そしてその時はじめて、数年前の姉の気持ちを理解することができていた。 それから暫く、まだ何も理解していないだろう弟に頼り 私はお手洗いへ行った。 成長しても、私には闇がとても怖かった。 学校の帰りで部活で遅くなった時は、鼻歌を歌いながら帰ったし 後ろを振り向いたり、何かの隙間を見ることができなかった。 私はひたすら前だけを向いて歩く。 ある日の学校帰り。私は真っ暗になった道を急いでいた。 その日の朝遅刻しそうになり、駅まで親に送ってもらっていて 帰り道は自転車ではなく、財布を家に忘れて家に電話もかけられず (その頃携帯電話なんて持ってなかったので) 人通りの少ない道を、一人歩いての帰宅だった。 私はひたすら前だけを向いて歩く。 考えないように考えている時点で、もう怖くてしかたがなかったのだが、 いつも一気に自転車で登っていた坂の道の途中で、 ふと辺りがやけに明るいなと思う。 不思議に思い上を見上げると、そこにはまん丸のお月様が輝いていた。 あまりに月が大きくて、あと、周りが暗かったせいか 星もたくさんキラキラしていて、 「おー、綺麗だなぁ」なんて想いながら家に帰った。 そして家に帰った後、夜を怖がらない自分を知った。 それから帰り道よく空を見るのだ。 そして私は、黄色い月の他に青い月や赤い月を知った。 夜空は黒じゃなく紺(たまに紫)だと想った。 夜は闇ではないと想ったのだ。 闇は今でも怖いが、私は夜が好きになった。 特に月灯かりが綺麗な夜はついつい外へ出てしまう。 太陽のような明るさはないけれど、ほんわかしたヒカリは優しく そう、とても心地いいのだ。 <前・次> |